第一章

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 声が聞こえる。起きろと催促する男の声。「起きろ、アリス」と、機嫌が悪そうな声が言う。  声が響く。「起きて」と、可愛らしく頼む声。声変わりしていない男の子の声があたしに話し掛ける。  声が投げ掛ける。「起きてください」と頼む声色は、体を揺られるよりもよく伝わる。  意識はぼんやりとしながらも、揺れる体に感覚が戻る。アリス、アリスと呼ぶ声はまだ聞こえている。 「起きて、聖歌」 「アリスじゃあないから」 「だから、聖歌。起きて」  目を開けて、周りをよく見る。そこにいたのは綾瀬優子(あやせゆうこ)。優子に呼ばれたあたしは周防聖歌(すおうさとか)だ。決してアリスではナッシング。 「アリスなんて言ってないよ。どんな夢を見てたの?」 「プリンが……」 「アリス出てないじゃん」  優子に寝呆けていると思われた。やや不満。  夢ってのは寝て起きて直ぐは覚えてるんだけど、時間が経ってしまうと覚えが抜群に悪い。プリンがでてきたような気が。プリンだろうが、アリスだろうが、夢は夢だし気にするものでもないだろう。 「もうすぐ江ノ島だよ」 「うは、そんなに寝てた?」 「うん、爆睡。景色が綺麗なのに」  小突かれて、江ノ電の窓から外を覗く。遠くに海が見える。 「海ばっかり」 「綺麗でしょう?」  優子は楽しそうに眺めている。桜貝とか神社の紅葉とか、鎌倉に来てからテンション高く喜んでいる。  それに比べてあたしが好きなのは、昨日の茶房で食べたクリーム白玉あんみつと抹茶のセット1200円。日本人として、紅葉には溜め息をつくものがあったが。  あたしと優子は高1の二学期に校外学習中。1泊2日で鎌倉に来てる。2日目の今日は、江ノ島に行くことになっていて、班の皆と江ノ電に乗ったのだった。
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