第一章

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  「イルカのショーも、良かったよね」  優子が水族館のことを掘り返す。水族館が新しくなったのは何年も前だが、まだ真新しさが残っていて造りは綺麗だった。 「良かったあ?寒くてくっついてたくせに何を言う」  制服はとっくに冬服。海辺の10月は寒い。寒いのに、わざわざこんなところにくる学校も、優子も、あたしもどうかしてる。  水族館のイルカのショーは、日本で初めて行ったとか何とかで、優子がやけに見たいと言っていたんだ。 「あたしは巨大水槽が好きかな」 「アジとかカレイが泳いでいたから?食べたくなっちゃった?」 「お馬鹿」 「違うか。確かにあの水槽は幻想的だったよね」  たくさんの魚が無作為に泳ぎ、揺らぐ水の光。そっか。自分の興味が、クリーム白玉あんみつだけではなかったことに気づけて、ほっとした。  だが実際は、水槽だけが、あたしの記憶に残っているのではない。水槽の反対側から透ける、クラスメイト四ッ谷くんも見ていた。優子に水族館に行こうって言われたとき、迷わずついてきたのは四ッ谷くんがいたからだ。  あたしは、彼を好きになりかけているのだと思う。なんとなく、目で追う程度だけど。 「次は岩屋だっけ?」 「そうだね」    波の浸食が生んだ自然の洞窟らしい。あたしに洞窟の良さは分からない。これも、四ッ谷くんが行くから、行ってみる。  優子はあたしに、にっこりと笑いかけると。隣のやつらの話題に合流した。あたしが四ッ谷くんを気にかけていること優子は知ってる。でも、あたしも優子の気持ちを知ってる。  ありがち恋愛小説みたいな話だが、あたしはそこまで思い入れてはいないので、いざとなったら優子を応援するつもりだ。  来年、2年での修学旅行は、海外に行く。それに慣れるために、1年のうちから泊まりの校外学習を行っているらしい。みんなで出かけて行動するという、普段と違う環境。こーゆー行事ってカップルができやすいのではないかと、あたしは思っている。お泊まりクオリティーって感じに。  今日はまだまだあるし、これからの時間が楽しみだ。  江ノ電を降りたら江ノ島はすぐだ。寒い、寒い。ここからは、班のメンバーが分裂する。岩屋に行く組と、香水瓶美術館に行く組。岩屋組はあたしと優子。あとの3人は美術館。香水を見ても面白みがないだろ、臭いだろ。トイレ用スプレーをシューっとしとけ。  その後は恋人の丘周辺で待ち合わせ。彼氏いないくせに痛いぞ、あたし達。できたら、四ッ谷くんと、なんて。優子自身はどう思ってるんだか知らないが、四ッ谷くんとお似合いなのは優子だと思う。内面的に。 「また後でねー」  人の気も知らないで、るんるんで手を振っている優子は、同性から見ても可愛い。可愛いぞ、くそう。 「私達も行こうか」  振り返りながらの優子のにっこりに、落ちない男はいるのだろうか。見習うべく、あたしもにっこりと笑ってみる。 「そうだね」 「どうしたの?」  疑問視された。切ない。 「優子の真似」 「えー、私ってそんな感じ?」  優子はわざと意識して口角を上げる。うん、可愛い。わずかにある女子力を上げるためにも、優子を見習うべきだなと再確認できた。 「岩屋ってどっち?」 「ええと、あっち?」  江ノ島は道なりに沿って行けば、なんとなくでも岩屋に着く。橋を渡ってすぐのお土産屋さんを横目に、青銅の鳥居をくぐった。  しかし見知らぬ土地だ、道案内してくれる人がいたら良かったなあ。例えば地元のかっこいいお兄さんとかね。
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