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「じゃあまた明日ね、シロウサギ!」
空は茜色に染まり、カナカナとひぐらしが鳴く深山公園。
広場の時計の針は5時を指していた。
入り口で振り返ると、夕陽をバックにシロウサギは微笑んでいた。
もう一度お互いに手を振る。
結局あのままずっとベンチでお話をしていたので、明日は雑木林でセミ取りをする約束をした。
ふふ、楽しみだなぁ。
どこかから聞こえてくる、「よい子は早く帰りましょう」の放送。
アタシはセミ取りを楽しみにしながら、帰り道を早足に歩いていった。
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深山公園から5分歩いたところに、アタシの住むマンションはある。
階段をペタペタ音を立てながら上がり、3階の305号室…自分の家に入る。
「ただいまぁー」
カレーの匂いがする。
アタシは嬉しくなって、サンダルを脱ぎ捨ててリビングに駆け込む。
壁際のソファーに座って、お父さんがテレビを観ていた。
「ただいま、お父さん!」
「……………」
いつも通り返事はしてくれない。
野球中継を観ながら、アタシなんて居ないかのようにしている。
…もう慣れたけどね。
台所では、包丁で野菜を切る音がトントン響いていた。
お母さんが料理をしているのが分かる。
アタシはその音を聞きながら、お母さんには「ただいま」を言わずに、お姉ちゃんの部屋へ向かう。
お母さんはアタシが話しかけると、うるさいから話さないで、と怒鳴るから。
昔はお父さんもお母さんもあんなじゃなかった。
割と最近…アタシが4年生になってから、少しずつ変わっていった気がする。
『葉』という字が書かれたプレートの下がるドアをノックする。
「あ、舞?入っていいよー」
ドアノブをひねって中に入ると、お姉ちゃんは勉強机の椅子に座ってこっちを見ていた。
アタシよりも長い黒髪を、肩の下までのばしている綺麗なお姉ちゃん。
身長も高くて、モデルさんみたいだ。
「ただいま、お姉ちゃん!」
「お帰り、舞。…何かいいことでもあったの?」
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