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タンスの中に、あの人からの最後の手紙。
意外と手前にしまってあるのは、私が弱い証拠だ。
小さなことに悩んだり、悲しくなった時には、決まってその手紙を読み返す。
今夜も、仕事を終えて疲れ果てた心身を慰める為に、私は手紙を開いた。
薄暗い部屋の中でも、網膜に焼き付いているかのように、鮮明に瞳に写し出されるその字体。
…数年前に別れたあの人との、待ち合わせの約束。
別々の方向へ歩いて行くことを選んだ私達の道が、唯一交差する場所。
私がこんなに大切にしている約束も、あなたは覚えていないかもしれないけれど。
心待ちにしているはずなのに、約束に近付く度不安になる。
いや、心待ちにしているからこそ、不安になるのかもしれない。
私の中のあの人は、すっかり色褪せてしまった。
大好きだった笑顔も、私を呼ぶ声も、今はもうぼんやりとしか浮かんでこない。
夢の中に出てくるあの人も、所詮は私が作り出した偽者。
…もしもこの約束が果たされなかったら、どうなるのかな。
…次の日からの私は、どうやって生きていくのかな。
最近はそんなことを考えてしまう。
約束が持つ癒しの効果は、まるで消耗品のように、少しずつ薄れていく。
その代わりに、影のようなものを心に落とす。
それでも、わずかな可能性を信じて。
指先で不器用な文字をそっとなぞる。
そして再び、タンスの手前の方へ手紙をしまい込んだ。
そんな風にしてまた一日は終わり、カレンダーがカウントダウンする。
…約束はもう、来年に迫っていた。
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