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バスが走り出すのと同時に老婦人が、よたよたと大沢の近くまで歩いて来る。
きょろきょろと車内を見渡しながら揺れる車内で必死にバランスをとっている。どうやら空いている座席を探しているようだが、最後の一席には大沢が深く腰を降ろしている。譲る気持ちはまったく無い。
大沢は窓の外を眺めながら老婦人を視界から消した。
不意に大沢の後ろから声があがる。
「ああ、どうぞ座ってください」
ドキリとして後ろを振り返る。そこにはスーツを着たサラリーマン風の男が、自分が座っていた席を老婦人に譲ろうと立ち上がったところだった。
老婦人は「ありがとうございます」と何度も頭を下げ、男が座っていた席に腰を降ろした。
男は「とんでもない」と老婦人に微笑みかけ吊革に手をかけた。
年齢は大沢と同じくらいだろうか。短く刈りこまれた髪をワックスでふわりと立ち上げている。まったく嫌味さは感じない。あまり外には出ない仕事なのか、肌の色は女性のように白い。そして定期的に運動もしているのだろう。服の上からでも胸板が厚いのが見てとれる。
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