営業の男 3⃣

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電車のドアがガタンという音をたて、頼りなげな動きで閉まる。 大沢はその様子をじっと見ていた。電車が走り出すのと同時にバランスを崩さないよう、軽く吊り革を握る手に力を込める。 しかし隣に立っている若い女が発車するときの振動でよろめき、大沢のこめかみに肘を当てた。大沢は憮然とした表情で女を見るが、若い女は大沢の方など見向きもせずヘッドフォンを耳に当て文庫本を読んでいる。 ヘッドフォン越しに何か言ってやりたかったが、何も言えずにまたドアの方に視線を向けた。大きく一度深呼吸する。 「失敗したなあ」 大沢は小声でつぶやいた。 中央線は、ほどなくして新宿駅に着いた。人々の群れに混ざり、電車を降りる。 ホームに足を踏み入れたくらいで、大沢は何か視線を感じ車内を振り返る。 「ちょっと邪魔」 大沢の隣で文庫本を読んでいた若い女が大沢を肘で押し退けホームを小走りで走っていった。 押された勢いで大沢はホームの上に尻餅をついた。 「わあ」 自分でもびっくりするくらい大きな声をあげてしまった 。周りの人々が一斉に大沢を見る。恥ずかしさのあまりに足がもつれて立ち上がりざま、今度はつまずいてホームに膝を付いてしまう。
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