営業の男 3⃣

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大沢は何を言って良いのか分からず美香をずっと見上げていた。 頭の中が錯乱して、何も考えられずにいた。 なぜお前がオレの目の前にいて、なぜお前がオレの心配をしているのだ? 分からないことだらけだった。 「ちょっと、あんた聞いてんの?」 美香は眉間に皺を寄せ苛立たしさをあらわにした。 おもむろに大沢の隣に座ると、ズボンの破れた箇所を指差して早口でまくしたてる。 「ここ怪我したんじゃないのって聞いてんの」 「ああ、大丈夫。痛くないし」 なんとか大沢は声を絞り出した。 「まったく、はっきりしなよ」 美香は細く長い足を組んで頬杖をつく。 一瞬白い太股が露になり、丈の短いスカートのひだがその上でスルリとすべる。 真白な太股のその奥が思わず見えそうになり、大沢はあせってすぐに目をそらせた。 恐る恐る美香の横顔を除き見る。美香は大沢とは逆の方向の人々の群れを気のない視線で追い掛けていた。 なぜお前はオレの隣に座っている。なぜお前はここにいるのだ? 又ひとつ疑問が増えた。大沢は考える。いつも考える。今もこめかみを押さえながら思考を回転させている。 答えは出た。聞かねばならない。お前の存在を、お前がここにいる理由を。 大沢は大きく一度深呼吸して出来るだけ冷静さを努めて声を振り絞った。
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