営業の男 4⃣

3/17
前へ
/155ページ
次へ
溢れんばかりに人が敷き詰まっている車内に体を捻こませる。そして強引に人波をかきわけ、座席が並ぶ方面まで進む。 周りの人々が迷惑そうな顔をするが全て無視する。大沢は自分の事しか考えない。 なんとか吊革に捕まり隣の車両を眺め見た。 車両の連結部分から向こう側の景色が見える。電車の揺れに合わせて景色も揺れる。 何も変わらない風景。自分がいつも乗っている車両と何も変わらない。 学生やサラリーマン、OL、フリーター。みんなそれぞれの理由でそれぞれの場所に向かっている。 何も変わらない。自分も含めて何も変わることがない。ただいつもとは違う車両に乗っただけだ。何か落ち着かない気分になるが、それもその内に慣れるだろう。人間はどんな環境にも適応出来る動物なのだ。 大沢は落ち着かない気分を誤魔化し、ただひたすらに電車が新宿に着くのを待ち続ける。 時折誰かに監視されているような視線を感じるが、その度に連結部分から隣の車両を除き、誰も自分の事など気にしていない事を確認して、ほっと胸を撫で下ろすのだ。 大沢の頭の中にはずっと美香の言葉と鋭い視線があった。 全てを見透かすような視線を思い出すだけで背筋がゾクリと冷たくなる。
/155ページ

最初のコメントを投稿しよう!

57人が本棚に入れています
本棚に追加