営業の男 2⃣

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八月の強烈な日射しが東京のアスファルトをじりじりと焼いていた。 大沢はバス停に併設されているベンチに腰掛け、うんざりしながら目の前の通りを眺めていた。 ベンチの上には日除けがありほんの小さな日陰を作っていた。大沢はその日陰から極力体を出さないように縮こまりながら座っている。 目の前には白いワンピースを着た老婦人が立っている。華奢な体だが日陰には入りきれず、ハンカチで汗を拭いながらバスを待っている。大沢はなるべく老婦人が視界に入らないよう下を向いたままバスを待ち続けた。 日傘くらい持ち歩けば良いのに そう思いながら大沢は自分を正当化し続けるのだった。 五分遅れでバスが停留所にやって来る。大沢は腕時計にちらりと目を落とし、いまいましげに舌打ちをした。 老婦人を押し退け、肩をいからせながらバスのステップを上がり料金を払う。 無表情な運転手に鼻を鳴らし、一ヶ所だけ空いているシートに尻を滑り込ませる。得した気分になり自然と口許が緩んでしまう。 シートにゆったりと体を預け、冷たい空気を思いきり吸い込む。冷房の通風孔から涼しい空気が全身を包み、汗でべたついた体が一瞬でからりと乾く感覚。この季節にはなによりも幸せに感じる。
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