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 僕は鋭い痛みを胸に感じた。ナイフの冷たさはどんどん増していき、まるで氷のナイフで刺されたように、そこから凍えるような冷気が身体中に広がっていくように感じていた。  死の冷気は、僕から生命の温かさを奪い去っていった。死は確実に僕を包み込んでいく。すると僕にとって、もはやこの世は、あの世のように不確かな存在になっていった。そして死んでいく僕は、この瞬間、毬子と同じ、死を生きていたのだ。死と生との狭間に僕らは生きていた。そう覚った時、僕のなかに毬子の心が流れ込んでくる気がした。そして僕は毬子の心の傷の冷たさを感じたのだった。そして僕と毬子は、とても静かな場所で見つめ合っていた。僕は、まだかすかに残っていた力をふりしぼって、毬子に語りかけた。  「さびしかっただろ・・もういいよ・・いっしょにいこう・・この人形・・かわいい・・よな・・毬子・・あり・・がとう・・」  その瞬間、毬子の表情が緩み、優しい笑顔がその顔によみがえった。いつの間にか胸に突き刺さっていたナイフは消え、首を締め付けていた左手も元にもどり、身体の重さもふつうの女子高生のように軽く、いやそれ以上に、重さを感じないほど軽くなっていった。  僕は呆然と毬子の顔を見ていた。そのとき、毬子の目から一筋の光がこぼれ落ちるのが見えた。毬子の両目からは、幾筋もの光の帯がこぼれはじめた。光の帯はいくつもいくつも毬子の目からこぼれ落ちていく。そしてだんだんと光の帯は数を増やしていき、こぼれ落ちるだけではなく放射状に毬子の顔全体に、ついには毬子の身体全部を包み込んでしまった。  僕は夜空を流れ落ちる流星群を、毬子の身体を透かして見ていた。そして一際大きな流星が毬子の身体から天空に向かって流れていったのを目で追うと、僕は、視線を戻した。すると、もはやそこに毬子はいなかった。  森は何事もなかったように夜の静寂につつまれていた。僕は流れつづける涙を感じながら、ナイフが刺さっていたところから、じわじわと広がる温かさを感じていた。僕は声を上げて泣いた。生を取り戻した喜びと、毬子の心の傷の痛みに涙したのだった。
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