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 目の前には、老婆が座り、開いているのかいないのか目を細めてお茶をすすっている。 僕は先ほどから老婆を見つめ、その皺が集まってできたような口が次の言葉を発するのを根気よく待っていた。老婆はそのまま眠ってしまうかのように古ぼけた湯飲みを両手で大事そうに包み込み、子供をあやすように身体ごと静かにゆれていた。  僕はその人生の余韻を楽しむかのようなゆったりとした時間の流れに耐えきれず、老婆に話の続きをうながした。 「それで、その毬子というのは?」  老婆は僕の焦りを楽しむかのように、しばらく静かにゆれていた。そして突如片目を大きく見開き、洞窟の奥深くから響いてくる得体の知れない生き物のうなり声のように低くちいさな声で話し出した。  「昔、この村にそれはめんこい女子高生がおってな、隣村の若者と恋に落ちたのじゃ。二人は人目を忍んで村と村の間にある山で逢っておったのじゃ。しかし幸せな日々はそれほど長く続かなかったのじゃ。あるとき、女子高生は男に振られよってな、そして自殺したのじゃ。それ以来、山には毬子という亡霊がでるようになり、山に迷い込んだ男を襲い、のろい殺すようになったのじゃ。」  話終えた老婆は目を元のように伏せると、何事もなかったように風に揺れるすすきのごとく静かに揺れていた。僕は田舎によくある民間伝承かと思い、心の中でばかにして聞き流すことに決めた。するともはや老婆の話は上の空で聞き、また老婆が何かを言おうとして、片目を開けたにも関わらず、僕は昼間に麓の土産物屋で買った、ちょっと変な顔をした人形をもてあそんでいた。そして老婆が、「その人形を・・・」と言ったことすら僕の耳には届かなかった。しばらくして、はっとした僕は人形について聞き返したときには、老婆は本当に寝ているようだった。僕は人形については明日あらためて聞くことにして、かすかにいびきをかいている他は死んでいるような老婆をうながし、寝床へつれていくと、自分も先ほど老婆が用意してくれた布団の中に入って寝てしまった。
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