夜の訪問

2/2
7人が本棚に入れています
本棚に追加
/76ページ
瞼をあけることが こんなにも煩わしく 外気を肌で感じさせるものだとは 何も耳で聞き取れないのは 僕のせいなのか 戸口に立つ彼女のせいなのか 肌を打つ記憶。 記憶は薄まる。 そして 繰り返される。 夜が訪れる。 外がうるさく感じないのは きっと やっと 瞼を閉じることに 何の矛盾も感じなくなったからか 繰り返される中で 僕はただただ 自由を感じずにはいられなかった また始まりだ。 おはよう。まだ寝ぼけているのかい。 コーヒーを入れておいたよ。 僕は少しだけ口を閉じて やがて来るそのときを 静かに待った 白い湯気は 誰かに手繰られるように昇っていき 底の見えない黒いその液体は 僕を映すのか 君を映すのか 僕はまた瞼を閉じた 卑怯なのかもしれない。 僕の影はいつだって 僕の前で揺れている いつまでも 影は前に伸びていく 視界を離れて どこまでも コンクリートに叩きつけられ 血とも涙とも言えない何かに 流されていく 暴力的な味わい。 言葉にしたくない楽しみ。 生を表す支配の中に 唯一 今 感じとることができる意識 僕は 心臓を抉り取ることができるだろうか また 瞼をあけることが 煩わしくなった でも 肌はもう何も感じない お別れしよう。 たくさんの嘘を吐いてしまった。 ここで言えてよかった。 もう何も感じない。 夜は少しずつ身支度を始めた 雑然とした部屋に溜め息を吐いて その心に 未だ消えぬ炎が灯されていたとしても やがてくるそのときまでに 部屋を離れる必要があったから 誰にも気付かれないように ただその亡骸だけを残して 無数に並ぶ それらに目も留めず さようなら。 また会いましょう。
/76ページ

最初のコメントを投稿しよう!