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何も言えなかった。
父は淡々と話していた。もう彼にとっては昔の話なのだろう。
私はその時のことを想像しひそかに胸を痛ませた。
知らなくてごめん、いや、
ずっと家族を、知らないふり見ないふりをしていた。ごめんなさい。
黙ってしまった私に父はすまなさそうに、帰るのか?鍋なんだがなぁ……と独り言のように言う。
そうだった、どうしよう。帰らないと。また膨れ上がる焦り。
「か、……彼氏が待ってるかもしれなくて」
「そうか。」
残念そうに父は言葉を落とす。
「その、仕事で、あ、また来るから、」
しどろもどろに思ってもいないことを言い、後ろからつかむ運転席の肩。
それは、・・・・・・それはとても細かった。
駅に着くまで父は無言だった。
私は気持ちをごまかすように他愛もないことをしゃべり続けた。
このいたたまれない気持ちでは、私が次に顔を見せるのはずいぶん先になるだろう。
そんな臆病でつまらない自分が許せなくて、ここからもまた、逃げ出してしまいたかった。
駅に着くとほっとした。
「ありがとう、ええと、お正月には帰るね」
何か言われる前に、ととっさに出た言葉。それは私への言い訳だった。
しかし父は「うん。」と言って前を見たままタクシーのドアを開く。
「お金はいいよ、だから交通費にしなさい。」
「うん、ありがとう」
荷物を持ち、車から降り、ドアを閉める。「ほんと、ありがとう、ごめん」
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