出会い

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僕は、昭和54年10月30日に埼玉県の秩父市に生まれ、物心がついて目を開けるとそこにはおばあちゃんがいた。 いつも誰よりも大きな声で笑ってた。だから、気がつけばいつもおばあちゃんの部屋にいつもいた。遊びたいとき、親に怒られたとき、寝つけないとき等々何かあればおばあちゃんのところへ。 そのおかげで昔の遊びをいろいろ教えてもらって、お手玉をはじめおはじき…昔の女の子の遊びですね。そのおかげで、お手玉はかなり自信ある。 おばあちゃんは、僕が10歳になるまで旅館で立ちっぱなしの水仕事を、大変な仕事だけどやっぱり笑ってた。そして、やっぱり一緒にいた。幼稚園から帰ってくれば補助輪付きの自転車で向かい足元をウロチョロ。いつもの番頭さんや女将さん、ついでにお客さんにも『あたしのまごなんだょぉ』と、僕もすかさず『そうなんだでぇ』なんの事やらまるで漫才でもみせてるかのようなやりとり。お客さんもさぞびっくりしたであろう。そりゃそうだ、旅館の裏方さんがいきなりの孫自慢をしてくるのだから。それでも、旅館の人達もお客さんもよくしてくれた。一重におばあちゃんの人柄なのであろう。 その頃のおばあちゃんのイメージは、笑ってるおばあちゃん、働いてるおばあちゃん、あとうどんをうっているおばあちゃん。 週に一回は、うどんをうっていた。家に帰るとうどん粉をこねて、ドンッドンッとまな板に叩きつける音がよく響いてた。 こねたうどん粉を床に置きビニールを被せ、そこから僕の出番。力一杯足で踏み更にこねていく。しばらく寝かしておばあちゃんが古い包丁で切っていく。大きな金色の鍋にお湯を入れ、切った麺を次々入れてる姿をみると、まるで職人のように見えた。その頃には、楽しみでしょうがない僕がいる。何を隠そうゆでたてのうどんをそのまま食べるのが大好きなのである。 すると一際大きな声で『めんめんが出来たど』その瞬間にパクリ。うまい!それはもうめちゃくちゃうまい!! おばあちゃんは、いろんな趣味とかあるけどこれはプロ級である。 そんな、よく笑ううどんづくりの名手が僕の祖母である。
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