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無論、逃げ出す事など不可能。美嶋 華穂が進む道はただの1つだけ。覚悟があろうとなかろうと、自分はいずれこの扉をノックしなければならないのだ。
胸に左手を当てる。今の服装はさっきまでの制服から、柄のない白のTシャツに紺色に黄色のラインが入ったジャージズボンへと着替えている。
ゆっくりと深呼吸。吸って、吐いて、吸って、吐いて、
時刻は7時58分。丁度良い時間帯、華穂は目の前の扉をためらいがちに、しかししっかりと2回、手の甲で打ち叩いた。
「はぁーい。どちらー?」
扉越しから聞こえる気さくな声。華穂の部屋に訪れ直接用件を言った彼女の声に間違いない。
「あ。え、と、美嶋です。言われたとおり来たんですけど……」
「あ!美嶋さん!?え、もう来たの!?ちょ、ちょっと待ってて!!…ら、みんな、…く早…」
どうやらまだ準備中のようらしく、彼女のくぐもった声とキャアキャアと何人かの騒ぎ声が聞こえる。
次に華穂に声が書けられたのは、その3分ほど後からだった。
「準備できた?じゃあ呼ぶよ?」
本人はこちらにバレないように極力小さな声で言ったようだが、華穂には聞こえてしまっていた。
その返答だと思われる、「オッケー」と言う小さな斉唱までしっかりと。
「美嶋さん、良いよー。入ってきてー」
「あ、はーい」
言って華穂はドアノブに手をかける。が、ここで一瞬の逡巡が生まれた。
自分はどうやって入れば良い?何か気の聞いたセリフでも言えれば良いのだが、そういった行為が場の空気を乱すのは避けたい。ここは普通に「失礼します」とでも言って入ってしまおう。
ドアノブに手をかけたまま、華穂は考えを張り巡らした。
後々、「あんな所で迷ったりしなければ良かった」と思うとも知らずに。
「何してるの?」
ドアノブを回そうとした時、急に誰かに声をかけられた。
華穂が驚いて振り返ると、そこに見覚えのある顔をした少女が1人、仁王立ちでこちらを見据えていた。身長は華穂より更に10cm程低く、顔立ちも幼さが十分残っているため、「綺麗」と言うよりも「可愛い」と呼称した方が当てはまる。彼女の目尻が不機嫌オーラ全開で思いきりつり上がってさえあなければ。
「何してるの?って聞いてるんだけど」
彼女は表情をそのままに、再度問いかける。華穂には心なしか、彼女の額に十文字の青筋がたっているように感じた。
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