―参、

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  「源三郎?はて…人違いではござりませぬか、」 「嘘を仰いなさるな、面白いお方だ」 くすくすと笑い零す矢右衛門であるが、しかし源三郎は同じ笑顔のまま。其れは一見すれば相手へ敬意を見せる笑みだが、しかし矢右衛門は感じていた。其の笑顔は、余所者を近付けさせぬ為の壁であると言う事を。 「一度、拝見したかったのですよ。長身色黒の色男…し乃雪太夫のお気に入り、噂々の源三郎殿を」 「ご挨拶ですぜ、旦那。某はし乃雪とは只の腐れ縁でさ…」 「もしそうであれば、太夫の夢にまで出て来ますまい?」 「友人は夢に出て来てはいけぬと?」 「… ふふ、あくまでもしらを切り通すのですね、」 ぢゃり。 砂利を踏み、矢右衛門は源三郎に並び、暖簾へ向かい。 そしてすと源三郎の顔を見、言った。 「し乃雪は… もう、私のものだ」 「…   ふッ 、」 途端。矢右衛門の予想に反し、源三郎が思い切り破顔してしまい、其のまま腹を抱えて笑い出した。無論、矢右衛門は少々ムッとし、しかし言葉尻に感情が出る事無く。 「何か、可笑しな事でも?」 「そりゃ旦那…可笑しいも何も、」 膝に手を付き笑っていた源三郎は、しかしふと矢右衛門の顔を斜に見上げ。驚く事に、彼の顔には驚きもおののきも無く、あるのは自信に満ちた「男」の顔である。 「し乃雪は其の様な軽い奴では無い、其れを知るはこの新藤源三郎のみ。其れこそが、真(まこと)の『おもう』と言う事でござろう?」 「……、」 この時初めて、矢右衛門は源三郎を睨み付けた。ほんの一瞬であった上に軽くであるが、確実に、其の中に恨みを込め。 しかし、直ぐにまたあの優しい笑みへと戻り、彼は目を伏せ、笑顔を零した。 「成る程… いやはや、この様な面白き仲は初めてだ。 …私も、貴方の様な人に早く出会えていたらな、」 「今からでも遅くありませぬぞ。矢右衛門殿はお優しい」 「…ふふ、何だ。私の事を知っていたのですか、」 「失礼とは思いながらも、身の上をば調べさせて頂きました」 「そうでしたか…」 つい、と再び目を伏せ、ほんの少しの時間、思考を巡らせ。次に上げた其の顔は、先刻まで無かった、悲しい色を湛えた笑顔だ。  
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