第壱話 月夜の砂漠

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 岩場までの距離は十数歩にまで迫っていた。  はるかの心がまえを確認した秋良(あきら)は、ぴたりと足を止めた。 「おい、こそこそしないでとっとと出てきな!」   一呼吸おいて、岩陰から男が三人姿を見せた。  秋良はざっと目を走らせる。  一人はやせた小男で、もう一人は中肉中背、最後の一人は小太りの大男だ。 汚い身なりに無精髭。品性の無さがにじみ出た顔。どこから見ても盗賊だとわかる。  手に剣を提げ、防具らしきものを身に付けてはいるが、それも恐らく盗品だろう。  男達はゆっくりと二人に近付いて行った。 「へへ、ずいぶん威勢のいいこったな」 「そんなかわいい娘連れてこんなところ歩いてちゃあ、盗賊に襲われちゃうぜぇ」  下品な笑いを浮かべながら小男と大男が言った。  残った一人が、はるかの顔を舐めるように見た。はるかは思わず秋良の後ろに一歩寄る。 「ほぅ、こりゃあ高く売れそうだ。なぁ、兄貴」 「死にたくなかったら、金目のもん置いてとっとと失せな!」  その台詞を言ったのは、盗賊ではなく秋良の方だった。  盗賊達は一瞬顔を見合わせたが、次の瞬間には声をそろえて嘲笑い始めた。 そのうちの一人の笑い声が、空気の抜けるような音に変わる。   音は、秋良に一番近いところにいた男の喉から、血飛沫(ちしぶき)と共に発せられていた。  他の二人の笑いが強張る。なにが起こったのか理解できずに。  大男は喉を掻くような仕種をしながら、前のめりに砂の上に倒れる。  はるかには見えていた。  相手の懐に飛び込んだと同時に、腰の小曲刀を逆手に抜き喉を切り裂く。  そして返り血を浴びないよう即座に後ろに飛び退ったのだ。  その動作は一瞬で、止める間もなかった。  不敵な笑みを浮かべる秋良の頭巾は外れ、後ろで無造作にまとめた少し長めの髪が風に揺れる。  前髪の間からのぞく鳶色の瞳には鋭い輝きが宿っている。  はるかのそれとは違う、野生的な美しさ――。  秋良は右の手に、逆手に握った片刃の小曲刀を胸の位置で構えた。 「だから言ったろう? おまえらごとき、もう一本を抜くまでもない。こうなりたくなかったら、有り金置いて、とっとと失せな」
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