第壱話 月夜の砂漠

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 秋良(あきら)は男が逃げた方を一度だけ確認した。  砂の上に、点々と赤い染みが続いている。  たとえ逃げたところであの傷だ。血のにおいをかぎつけて妖魔も寄ってくる。  利き腕を失い、深手を負ったあの男が到底生き延びるはずは無い。  男が残していった腕を、秋良は足先で転がした。赤い蠍(さそり)の刺青――。  秋良は麻袋を出すと中に入っていた布でその腕を包み、袋に入れた。  それから二つの死体に歩み寄り、刺青のある腕を切り落とすと同様に袋に収める。  その様子を、はるかは黙って見つめていた。  外套の上から、胸に下げた石をきゅっと握る。  近頃このあたりを荒らしまわっている三人組の盗賊がいると、街でうわさになっていた。  そして裏通りの酒場で、賞金首として挙げられているのも、はるかは秋良から聞いていた。  確か、利き腕である刺青の腕が賞金と引き換えになっていると――。  二人でこうして砂漠の旅の用心棒や荷物の運搬をしているが、生活費のほとんどは、秋良が賞金首を挙げて稼いだ金で賄われているということも、知っている。  だけど……。 「なんか言いたそうな顔してるぜ」  秋良の声に、はるかはいつしかうつむいていた顔をあげた。 「前にも言ってたな、『どんな人間でも命は命だ』って」  秋良の声は淡々としていて、その押さえた表情からも何の感情も読み取れなかった。 「だけどな、はるか。命を助けてやったところで、あいつらが改心すると思うか? 違うところで、また犠牲者が出るだけだ。そんな奴等、殺そうが奪おうが誰も文句言いやしない」 「……」 「確かにお前の言うことはご立派さ。でも、そんなきれいごとばっか並べても、生き残れやしないんだよ。  殺らなきゃこっちが殺られるんだ、さっきのお前みたいにな」  はるかはうつむいたまま、じっと砂を見つめていた。  なにも言い返せない。秋良の言うことも、きっと正しいのだ。  でも、それでも……。
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