第弐話 運び屋

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 この酒場の主である彼は、新たに現れた客を、大男の向こう側に見つけた。 「なんだ、おまえさんか。もうやめてくれよ、うちの店の客を怪我させるのは……」  薄くなりつつある頭をなでながらぼやく店主に、秋良は大男を睨み返したまま事も無げに言った。 「先に因縁つけてきたのはこいつらだ。こっちに言いな」  お互い引く様子を見せない二人。  店主は、薄くなりつつある頭をなでながら、どうしたものかとため息をついた。  それを見かねたのか、傷の男が立ち上がり、片手で眼帯の男を制した。そして改めて秋良に向き直る。 「店主の様子から察して、この店の利用者なのだな。先ほどの言葉は撤回させてもらおう。こちらの勘違いだったようだ」  言うと、連れの男に合図をして階段に向かった。眼帯の男は一度だけ秋良をにらみ、傷の男に従った。  立ち去る二人に、店主はあわてて声を掛ける。 「さっきの情報の報酬は……!?」 「二銀だろう? いらんよ、迷惑料だ」  階段を上りかけた傷の男は、秋良を振り返った。 「自分の腕を信じるのも大事だが、行き過ぎると過信になる。過信は時に命すら奪う。気をつけるといい」 “余計なお世話だ”と雄弁に語る表情で二人の男を見送ると、秋良は店主に右手の平を差し出した。 「――?」 「迷惑料。半分は俺がもらうべきだろ?」 「……わかった、ほれ」  店主はあっさりと半分を秋良に渡した。かつて金銭の交渉で秋良に勝てたためしはない。  秋良は銀を懐にしまうと、手に提げていた麻袋を台の上にどさりと乗せた。  店主の顔つきが急に仕事人のそれに変わる。麻袋の紐を解き、中に入れられたものを検分する。  ややあって、店主は袋を台の下にしまう。 「確かに、間違いないようだな」  台の横からこちら側に来ると、壁に無数に貼られた張り紙のうちのひとつを剥がした。  その張り紙の冒頭には『紅蠍(べにさそり)三兄弟』、末尾には赤い文字で『一人二金』と書かれている。  壁に貼られたままの紙にも同様、名前と金額、その間に人物の詳細や時には似顔絵のようなものが描かれている。
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