第弐話 運び屋

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 いつも通る裏路地を抜け表通りに出ると、道幅と人の往来が倍に増える。  道の両端には布製の屋根だけの屋台が隙間なく並び、さまざまな店が軒を並べている。  人々の喧騒、屋台から響く客寄せの声。  沙里の街で一番活気に満ちるのがこの場所、この時間だ。  いつも小さな子供五人を連れて買い物に来る奥さん。  仕入れた野菜を大きなかごに入れて歩く、宿屋の恰幅のいい女主人。  いつも見かける人たちは、いつものようにはるかをさりげなく避けて歩く。 ――あの守銭奴の所の娘よ ――おとなしそうな顔してるけど、あいつと一緒に住んでるんだ。何を企んでるかわからんぞ ――係わり合いにならないほうがいい  そんなささやきがあちこちから聞こえてくる。  はるかもいつものように、ちょっとうつむき加減に、努めて周囲の声を聞かないようにした。  黄色い屋台を目指し人並みを縫って足早に歩く。  屋台には『絹代の菜屋』と記された木の看板がある。  鮮やかな黄色の布を屋根とした屋台の中は、さらに鮮やかな色であふれている。たくさんの木箱の中に、色とりどりの野菜や果物が並んでいるのだ。  木箱の中に囲まれて忙しそうに体を動かしているのは中年の女性――主人の絹代だ。  屋台に近づいてきた人影に気づき、ぱっと顔をあげた。  店先に立っている少女の、人懐っこい笑顔を見て営業用ではなく微笑む。 「はるかちゃんいらっしゃい!」 「おはよう、おばさん!」  はるかもにっこりと微笑み返した。  女主人は、鮮やかな黄色の果物を手に取ってみせた。 「いつものやつでいいのかい?」 「うん」  はるかはこっくりうなずいて、持っていた手提げのかごと、銅の硬貨を四つ手渡した。  絹代は受け取ったかごの中に、砂梨(すななし)を四つ、手際よく放り込んだ。 「はいよ!」  威勢良くはるかにかごを返し、手に取ったもうひとつの砂梨をはるかに手渡した。 「こいつはおまけ。帰り道食べなさい」 「でも……」 「いいから持っていきなさい」  はるかは困惑した様子で手に持たされた果物と絹代の顔を交互に見つめていたが、やがて満面の笑顔でぺこりとお辞儀をした。 「どうもありがとう」 「いいのいいの。それより、あんなとこにいたらいつか売り飛ばされちまうよ! うちに来て一緒に住まないかい?」
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