第弐話 運び屋

7/15
前へ
/190ページ
次へ
 真剣な顔の絹代に対し、はるかは困ったような笑みを返した。  そんなはるかに畳み掛けるように絹代は続けた。 「あいつと一緒にいるせいで、はるかちゃんまで悪く言われてるじゃないか」  最近は以前より少なくなったものの、それでも三日に一度は聞くような気がする。  街の住民は皆秋良のことを恐れ、一緒にいるはるかのことも危険視している。しかし絹代だけは、はるかに懇意にしてくれているのだ。 「大丈夫、秋良ちゃんはみんなが言うほど悪い人じゃないから。じゃなかったら、私を家に置いてくれたりしないよ」 「……ほんとに、この街も戦の前までは平和だったのに。戦が終わってもごろつきどもは一向にいなくならないんだから……」 「あっ、はるかだ!」  通りの方から幼い声。  聞き覚えのあるその声にはるかが振り返る。 通りと交差する路地から七~八歳くらいの男の子が、重そうな水桶を両手で持って駆け寄ってくる。 「柊(ひいらぎ)、転ぶんじゃないよ!」  絹代が声をかけるが、まったく聞こえていないそぶりではるかの前で足を止めた。  柊は絹代の一人息子だ。 はるかに良くなついていて、 はるかの良き友人でもある。 「はるか、あとで遊ぼうぜ」 「うーん、仕事が入ってなかったらね」 「あんなやつの手伝いなんか、することないだろ」  柊の言う“あんなやつ”とは、秋良のことである。  彼の言葉に絹代に向けたものと同じ、少し困ったような笑顔だけ返すと、はるかはかごの取っ手を持ち直した。 「じゃあ、帰るね。おばさん、これありがとうね」  きっと、秋良がはるかの遅い帰りを待っているはずだ。  はるかは来た道に向かって、たたっと駆け出した。 途中で、竹の皮に包まれた蒸飯(むしめし)を二つ買うと、まっすぐ家に向けて歩き出した。 「みんな、秋良(あきら)ちゃんのことが嫌い、かぁ」   それはこの街に住み始めてからの一年間で、何度となく思い知らされた。  確かに、決して人当たりがよいとはお世辞にもいえない性格。そしてあの口の悪さ。  敵を作りやすい類の人であることは、はるかにもわかる。
/190ページ

最初のコメントを投稿しよう!

144人が本棚に入れています
本棚に追加