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真剣な顔の絹代に対し、はるかは困ったような笑みを返した。
そんなはるかに畳み掛けるように絹代は続けた。
「あいつと一緒にいるせいで、はるかちゃんまで悪く言われてるじゃないか」
最近は以前より少なくなったものの、それでも三日に一度は聞くような気がする。
街の住民は皆秋良のことを恐れ、一緒にいるはるかのことも危険視している。しかし絹代だけは、はるかに懇意にしてくれているのだ。
「大丈夫、秋良ちゃんはみんなが言うほど悪い人じゃないから。じゃなかったら、私を家に置いてくれたりしないよ」
「……ほんとに、この街も戦の前までは平和だったのに。戦が終わってもごろつきどもは一向にいなくならないんだから……」
「あっ、はるかだ!」
通りの方から幼い声。
聞き覚えのあるその声にはるかが振り返る。
通りと交差する路地から七~八歳くらいの男の子が、重そうな水桶を両手で持って駆け寄ってくる。
「柊(ひいらぎ)、転ぶんじゃないよ!」
絹代が声をかけるが、まったく聞こえていないそぶりではるかの前で足を止めた。
柊は絹代の一人息子だ。 はるかに良くなついていて、 はるかの良き友人でもある。
「はるか、あとで遊ぼうぜ」
「うーん、仕事が入ってなかったらね」
「あんなやつの手伝いなんか、することないだろ」
柊の言う“あんなやつ”とは、秋良のことである。
彼の言葉に絹代に向けたものと同じ、少し困ったような笑顔だけ返すと、はるかはかごの取っ手を持ち直した。
「じゃあ、帰るね。おばさん、これありがとうね」
きっと、秋良がはるかの遅い帰りを待っているはずだ。
はるかは来た道に向かって、たたっと駆け出した。
途中で、竹の皮に包まれた蒸飯(むしめし)を二つ買うと、まっすぐ家に向けて歩き出した。
「みんな、秋良(あきら)ちゃんのことが嫌い、かぁ」
それはこの街に住み始めてからの一年間で、何度となく思い知らされた。
確かに、決して人当たりがよいとはお世辞にもいえない性格。そしてあの口の悪さ。
敵を作りやすい類の人であることは、はるかにもわかる。
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