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およそ一年前……はるかが初めて秋良と出会った時、秋良は今以上に近寄りがたい空気をまとっていた。
だが、一緒に暮らすうちにそれは徐々に和らいでいる気がする。
自分の事を話したがらないのは相変わらずだが……。
「ほんとは、いい人だと思うんだけどな……」
折から吹き抜ける風に、石畳の上の砂が舞い上がる。
「いたっ」
砂が入る前に閉じたつもりだったが、目に入ってしまったらしい。慌てて両手で抑えた矢先、どん、と誰かにぶつかり、小柄な少女の身体は均衡を崩した。
「ごめんなさいっ」
自分からぶつかったわけではないかもしれないが、とっさに謝る。
体が均衡を崩したまま、その場でくるりと一回転し何とか体勢を取り戻したが、手にしていたかごの感触が両手から消えていた。
慌てて両手で目をこすり砂を追い出して、開くようになった目できょろきょろとあたりを見回す。
少し離れた石畳の上に転がったかごの横、茶色の外套をすっぽりとかぶった小柄な老人がしりもちをついていた。
「うあぁ! ごめんね、おじいちゃん。大丈夫!?」
慌ててその老人を助け起こす。
「なんのなんの、こちらこそ前をよく見ておらんかったからの」
深くかぶった頭巾の下から人のよさそうな笑顔がのぞく。
「良かったぁ」
ほっと息をついて何気なく下を見ると、地面に横たわったかごが目に入った。
「うわ! 中身は!?」
……無事だ。蒸飯(むしめし)も砂梨(すななし)も。安堵の息を漏らし、胸元の石をきゅっと握る。
ここで何かがつぶれていたりしたら、間違いなく秋良の鉄拳を食らうところだった。
老人は衣服についていた砂埃を軽く払うと、はるかのほうを見上げた。
「時にお嬢さん」
「私、はるか」
お嬢さん、と呼ばれるや否や、自分で自分を指差し、にぱっと笑う。
「これは失礼した。それでは、はるか殿」
「うん」
「はるか殿はこの街の住人ですかな?」
「うん」
「それでは、『運び屋』の店がどこにあるのかごぞんじですかな?」
その言葉に、はるかは急に立ち止まった。
うつむいてぶつぶつと何かをつぶやいている。時折『借金取り』とか『敵討ち』とか言う物騒な言葉が聞こえてくる。
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