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ふぅっ、とため息をつき、はるかは構えていた刀をおろした。
左手で額の汗をぬぐおうとして、そこから血が流れているのに気がつく。
流れた血を猫のようになめ取り、刀を逆手に持ち替えた右手で汗をぬぐった。
「ったく、 何だってんだ今日は!」
秋良(あきら)は声を荒げ、苛立たしげに砂を蹴り上げた。
その肩は乱れた呼吸のために軽く上下し、両手に下げた小曲刀は、赤茶色の液体が刃渡り全体に付着している。
二人の足元には、同じ色の液体で固まった砂。
そしてその上には、人間の半分くらいの大きさもある蠍(さそり)が五体、自らの体液にまみれ転がっていた。
見ていて気持ちのいいものではないそれから目をそらしつつ、はるかは刀を鞘に収めた。
「ほんと、なんでこんなに妖魔が多いんだろ」
はるかのつぶやきは秋良も思うところでもあった。
いつもであれば、妖魔に襲われたとしても砂漠を往復するうち、多くて三回ほどだ。
砂漠の高温は妖魔にも厳しく、夜行性の妖魔が多い。
それが今日に限っては、沙里の街を出てから何度となく妖魔に襲われていた。
はるかは深呼吸で呼吸を整える。
ほんの少し剣術の心得はあるらしいのだが、秋良ほどうまくは戦えない。せいぜい自分の身を護るのが関の山だ。
そこの蠍も四体は秋良が仕留めたものである。
はるかはというと、中途半端な手傷を負わせて逆上した一体を相手に苦戦しているうち、四体を片付けた秋良が最後の一体にとどめを刺した。
結局のところ、秋良が全部片付けたのだ。
秋良から見ると、まだ無駄な動きが多い。
だから体力を余分に消耗してしまうのだ。
秋良にそう言われているものの、はるかには良くわからなかった。
それに、たとえ妖魔とはいえ、命を奪わずに済むに越したことはない。
秋良にこんなことを言うとまた怒られてしまうだろうから、これは秘密である。
はるかに課せられている仕事は、預かった荷物と自分の身を護ること。
秋良は徘徊する妖魔や、金品を狙う野盗を撃退する。
そうしていつも仕事をこなしているのだ。
呼吸が大分落ち着いてきた頃、はるかは外套の上から胸元の石を握った。
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