月影の雫

第壱話 月夜の砂漠

　青褐色(あおかちいろ)の夜空にひっそりと咲く大輪の花のように、満月がひっそりとたたずんでいた。
　降り注ぐ蒼い光と、大地を埋める白い砂の照り返し。各所に点在する大小の黒い岩が、その白さをいっそう引き立てている。

　空が完全に闇に塗られてから、過ぎた時間はわずかばかり。
　足元からは日中の熱をたくわえた砂の熱気が冷めずに立ちのぼっているが、涼しさを帯びてきた夜風がそれをやわらげてくれる。
　夜中を過ぎるころには気温は零度に近くなるうえ、闇が深くなれば妖魔も多くなる。
　他とは違い、ここには砂漠特有の妖魔が多く出現する。砂漠を行く者は早朝か日没直後を選んで渡るのだ。

　ここ数年は妖魔の出現率も増え、陽が落ち始めるころから妖魔が現れるようになった。
　そのため砂漠を渡る者は減り、行商人や旅の者以外見かけることはほとんどない。

　そんな砂漠を、渡る二つの人影がある。
　風が造りだした砂丘の隆起の間を足早に過ぎて行く。

　一人は、身の丈五尺八寸（175cm）ほど。砂漠の旅御用達、防砂兼日除けの白い外套に身を包み、外套の頭巾を深くかぶっている。
　そのためはっきりとはわからないが、わずかにのぞく口元からまだ若いことが見て取れた。
　肩幅からして細身であることは間違いない。砂漠には慣れているのか、砂床の歩きにくさを感じさせない、しっかりとした足取りで進んでいる。

　数歩遅れてもう一人。こちらは四、五寸（12～5cm）ほど背が低い。
　同じく外套をまとっているが、頭巾のふちからこぼれた長い髪が風に吹かれている。
連れには劣るが、砂漠の道行きに不慣れなわけではないようだ。

「男と女の二人連れか……」

　しゃがれた小さな呟きは、砂漠を行く二人には届かなかった。
二人を見下ろす小高い砂丘の上、大きくそびえる岩の陰。そこに身を隠しながら、小さな望遠鏡をのぞき込んでいる小柄な男がいた。
　無精ひげを生やし、ぼろぼろになった衣服を身にまとい、擦り切れた肩口からむき出しの腕が二本。
　胸当てのような物をつけ、腰に剣を提げてはいるが、これも使い古されてすっかりすたれている。

「兄貴……なぁ、兄貴」

　男の後ろから、別の声が小声で呼びかける。
　同じく岩の陰に身を隠した、こちらは中肉中背と小太りの大男の二人。