第壱話 月夜の砂漠

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「わぁっ」  風にはぎ取られそうになった頭巾を、少女は慌てて押さえようとした。  が、一瞬とどかず、茶色がかった金色の長い髪が砂風に巻き上げられる。 あどけなさの残る顔立ち。年は十六、七歳くらいだろう。  肌は砂の色に負けないほど白い。その肌に映える紫水晶のような大きな瞳は、砂が入らないよう細められている。  背中まである髪を何とかまとめて頭巾をかぶりなおしたものの、すでに髪の中には砂が入り込んでいた。 「う~、ざりざりする……」 「きょろきょろ頭上げてるからだろ」  先を歩いていた連れが振り返る。 少女とは対照的に、砂漠の陽に焼けた浅黒い肌。しかし、精悍と形容するには程遠い端正な顔立ち。  黒に近い褐色の髪。年は少女と同じか、少し年上のようにみえる。 男にしては高めの中性的な声。それもこの容姿にはしっくりきていた。  今度は頭巾をしっかりと押さえて、もう一度少女はあたりを見回した。 「だって、なんだか……」 「なによ」 連れのはっきりしない物言いに、そう言う口調にもとげが感じられる。 「……ううん、なんでもない」  さっきまで誰かに見られているような気がしたのだが、今はそれらしい気配はない。  きっと気のせいだったのだろう。そう考えて、少女は話題を変えた。 「大分、寒くなってきたね」  砂はまだ熱を保っているが、その上を渡る風は刻々と冷気を増している。  このまま歩けば、気温が下がりきる前には街に戻れるはずだ。 「どんなに気温が下がろうと、俺は懐が暖かいからな。はるか、お前は凍死しないようにせいぜい気をつけな」  喜々として言うその懐には仕事の報酬が入っているのだ。  はるかと呼ばれた少女は、あきれてため息をついた。 「秋良(あきら)ちゃんてば、いっつもお金お金なんだもん。そういうの『しゅせんど』って言うんだって。街の人が言ってたよ?」 「……お前、意味知ってて言ってんのか? それ」 「……? えーと、どういう意味?」  秋良は、えへへっと笑うはるかを半目で見つめ、大きくため息をついた。それから再び前を向いて歩き出した。
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