2人が本棚に入れています
本棚に追加
ーー鮮藤 伽夜ーー
近所に住む腰の曲がりきった爺さんと愛犬のトイプードルが横断歩道の前で青信号を待っている。
道路を挟んだ向かいに建つ小学校には、グラウンドではしゃぐ子供が何人も見える。
その傍のコンビニエンスストアではサラリーマン風の男が人目も気にせずアダルト雑誌を熱心に見入っている。
……お、買うのか。定員は女性だ、頑張れ勇者。
「――オイ、鮮藤ッ」
高等学校、三階の窓から外を見下ろしている窓際の生徒に教師が声を掛けた。鮮藤(せんどう)と呼ばれた生徒は窓から視線を外したが教師の顔は見ずに、机に転がるシャープペンシルに眼をやった。
「すいません先生、もうしません」
それだけ言って顔を上げ笑みを作る。教師の眼を極力視ないように。
これが一番、楽な方法だと鮮藤は知っている。
それを聞いて満足したのか教師は黒板に向き直り書き欠けだった数式の続きを書き始めた。
それを見ながら鮮藤はノートに、その数式を書き写す機械的な作業を始めた。
―――ペチッ…。
頭に何か小さいものが当たったのは、その時だった。
最初は気のせいかと思ったが、机の上に落ちてきたものを見て、気のせいでは無いことを知った。
その小さいものは机の上を軽くバウンドしてから停まった。
後ろのほうから押し殺したような笑い声が聞こえる。
それは消しゴムだった。角を千切って小さくした消しゴムの欠片。
鮮藤はその欠片を一瞥した後、すぐに指で弾き飛ばすと、ノートに数式を書き写す作業を再開した。
その眼には、怒りや怯え、悲しみはなかった。
ただ、無感情な瞳だけがあった。
最初のコメントを投稿しよう!