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驚きで戸惑っている男が正気に戻る前に、鮮藤は唐突に振り向いた小柄な女子に手を引かれ有無も言わさず教室を出ていた。
廊下ですれ違う生徒達に奇異の視線を向けられて羞恥心が顔を覗かせたが、少女は気にせず早足で階段を上った。引かれるままに鮮藤も後に続く。
着いたのは屋上の扉の前だった。
扉には事故防止のために、生徒が出入りできないようしっかりと施錠されていて、そのため生徒が来ることは少なく、鮮藤が時間潰しによく訪れる場所の一つだ。
「……?」
少女の肩が震えているのに、鮮藤はその時初めて気が付いた。
聞けば途切れ途切れの、すすり泣くのを必死で我慢するような、そんな声も聞こえる。
顔は伏せられて見ることはできなかったが、ぽたりぽたりと落ちる雫が少女の心境を如実に語っていた。
先程見せた覇気はいつの間にか、なりを潜め、そのせいだろうか、その姿はいつにも増して弱々しく小さい背が尚のこと小さく見える。
「――渚さん?」
だから、声を掛けずにはいられなかった。
突然の呼び掛けに驚いたのか肩がビクッと上下した。次いで恐る恐るといった様子でゆっくりと顔が上がる。
それでも完全には上がりきらず、身長の問題もあって、前髪で顔が隠れて見えない。
まるで他人と眼を合わせるのを怖がっているようだ。
「洞街……渚さんで、合ってる?」
その隠れた顔を、子供に話しかけるように態勢を低くして強引に覗いた。様子を窺うように控えめな視線と眼が合う。
途端、驚いて見開かれた大きな瞳が逃げるようにそっぽを向いた。その様はさながら怯えた小動物のようだ。
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