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「少し、落ち着いた?」
その頭が小さく、本当に小さく振られる。いや、頷いたのだろうか。
髪の片側に飾られた大きめのリボンが頷きに合わせて控えめに揺れる。
「そっか……合ってた。良かった、うん、良かった」
判別しにくかったが、とりあえず肯定と受け取ることにした。
相変わらず視線を合わせようとはしてくれないから、正解かどうかは判断の分かれるところだろうが。
「………」
「………」
――まずい……。
空気が密度を増してくるのを感じる。重力が幾らか強くなったようだ。
せっかく植えた話題のタネを、やっとの思いで切り拓いた沈黙の海が、
再び、暗く重い無言の底へと呑み込んでしまう……。
ようするに、空気が重いってことだ。正確には重くなりそう。
「……あの、鮮藤くん」
世界に光が差した気がする。
予想外の方角からの一条の光が沈黙の海を、美しい海へと変え、その水面は穏やかながらも無言とは無縁の確かな流れを見せてくれた。
「少し、座っても……?」
脳内のよく分からない世界に、無理やり終幕のテロップをネジ込み強制終了させた。
せっかく向こうから話しかけてくれたのだから、さっさと現実に戻るのが礼儀というものだろう。
すっかり普段どおりの雰囲気に戻った洞街 渚(ほらがい なぎさ)は鮮藤が頷くのを見ると、ホッとしたように息を付いて階段の最上段にちょこんと腰掛けた。
その隣、渚の横に鮮藤も並んで腰を下ろす。
短い沈黙が流れたが、今度は不安に思わなかった。
渚が頬に残った涙を拭いながらも、どう話し始めようか言葉を選んでいるのが解ったからだ。
だから、じっと待つ。もうすぐ出るであろう渚の言葉を。
ほどなくして。酷くか細く、
「……鮮藤くん。あの……ごめんなさい」
渚の口から出たのは、そんな謝罪の言葉だった。
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