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刑事が証拠品だというものに見覚えはあるが――むしろ恐らくそれは自分の所有物であったものだが――なぜそれが殺人現場にあったのかと問われても全く検討もつかない。竜は2時間ほど続く同じ問答の繰り返しに苛立ちを覚えていた。突然、身に覚えの無い容疑を掛けられ、息苦しさすら感じる狭い取調室に閉じ込められていたのでは無理もないだろう。
「お前は浅田杏子にメールで連絡を取り、親密になったところでホテルに呼び出し、そこで何らかの原因で口論となったお前はカッとなって殺した、違うか?」
「何らかの原因ってなんだよ、アバウト過ぎんだろ。つか、そもそも浅田杏子なんて女知らねーし、連絡もとった覚えもない」
信じられないなら調べてみろよ、と竜は自分の携帯を取り出して机に置いたが、石崎はその必要はないと突き返した。
「お前と連絡をとっていたことは浅田杏子の日記と携帯に記録が残っているが、携帯のアドレス自体はプリペイド式のものだった」
だからお前のその携帯を調べても意味がないんだよ、とやけに得意げに口にする石崎に竜は不可解そうに眉を寄せる。
「は? なんだよそれ。それなら俺じゃなくても出来んじゃねーの? 勝手に名前を名乗」
「だったらこの証拠品はなんだ! これがお前の物だって裏は取れてんだよ!」
石崎は声を張り上げ、竜の言葉を遮る。そのことに竜は不愉快そうに眉を顰めながら、パイプ椅子に浅く腰をかけ、やや乱暴な動作で背もたれに凭れた。
恐らく殺人現場に残された証拠品は竜の物である。しかし、先程から嫌というほど聞いている刑事の言い分では、自分が確実に犯人だとは言い切れない、と竜は考えていた。
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