第一章

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少女が父親に連れられてこの森に入ったのは昨日の夕暮れ。 「ローズ,今から薪を拾いに行くから,ついておいで。」 父親がいつもの優しい笑顔で少女に語りかけた。 少女の名はローズ。5歳という年齢にしてはやや小柄で,痩せぎみではあるが,少女の明るく素直な内面の美しさが,少女を生き生きと輝かせていた。そして,いつも両親を気遣う心優しい少女であった。 ローズはいつも自分を包み込んでくれる大きく愛情深い父親が大好きだった。 「うん!」 ローズは父親の大きな温かい手を握った。 「じゃあ,行ってくるよ。」 「行ってきまーす!」 父親とローズが母親に声をかける。 「行ってらっしゃい。気を付けて。」 母親も温かい笑顔でそれに答えた。 ローズは母親のそんなに温かい笑顔を見るのも声を聞くのも,久しぶりだった。 いや,自分に向けられる温かさを感じたのは初めてかもしれない。 ローズを産んだ母親はローズが3歳になったばかりの時に,病気で亡くなった。 今の母親はその一年後,父親が連れてきた新しい母親である。 ローズはまだ幼いこともあり,新しい母親を慕った。 しかし母親はローズを受け入れようとはしなかった。 また,父親は木こりをしているが,その収入では家族3人の生活はままならず,両親の喧嘩は絶えなかった。 そのせいもあり,余計に母親はローズに辛くあたった。 ただ父親はいつでもローズに優しかった。 血の繋がらない冷たい母親でも,ローズにはたった一人の母親である。 母親がほんの一瞬でも,自分に優しさを見せてくれたことが,ローズは素直に嬉しかった。 母親の温かい言葉に送り出され,ローズは心弾ませながら,父親と共に森へと出かけたのである。
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