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『母さんが…』
父の受話器を握った手と声が震えていたのを覚えている。
『母さんが…死んだ』
一瞬頭が真っ白になって、足元がガラガラと崩れていくような、そんな感覚が俺を襲った。
それでも俺が立っていられたのは、隣に虹時がいたから。
俺は兄貴だから。
それに父の現実味のない言葉は、俺の頭には入っていかなかったんだ。
病院に着いて、母の遺体の前で虹時が大泣きしているのを、俺は黙って見ていた。
交通事故だと聞いた。
不思議と涙は出なかった。
葬式で父が必死で涙を堪えているのを見ても、俺はただそれをぼんやり見つめていた。
親族や知り合い、母の友人の方が、俺を『気丈な子ね』と言ったけど、俺は冷静にそれは違うって思った。
最後に見た母の顔は、交通事故で死んだはずなのに安らかで、満ち足りたような顔だったんだ。
葬式が終わって、気が付いたら目の前に知らない女の人が立っていた。
母の友人の崎本さんだ…。
母がよく話していた。
崎本さんは母とは本当に親しかったらしく、葬式も率先してお手伝いしてくれていた。
『辛いねぇ…』
ポツリと、目の前の崎本さんが漏らした。
崎本さんも、去年旦那さんを亡くしていた。
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