2.二つの失恋

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「あの、今時間大丈夫ですか?」 部活はどうしたの? と、問いかけようとしてやめたのは、先に彼女が言葉を口走ったからだ。 小さく、こくりと一度頷いて、黒板を見る事が出来なくなった僕は、相手の方を見つめる。 話をしたと言っても、本当に、何度かであり、そんなに回数もない。 そんな僕に、いったい何の用だろう。 気分が沈んでいる僕は、深く考えもせず、そんな上辺だけの疑問を思い浮かべ、解決しようと働こうともせず、やっぱり、ぼんやり、今目の前にあるものを見つめる。 しばらく、押し黙っていた相手の頬が、少しだけ赤く染まっていて。 妙に潤んだ瞳が、まるで自分の居場所が分からない雛みたいに、きょろきょろと上下左右に動く。 本来の僕だったら、聡い人だったら、この時点で、すでに彼女が何を言いたいのか、何を伝えるために僕の前に立ったのか、容易く分かるはずだった。 でも、この時の僕の頭は正常には働かず、狂おしいくらいにゆるりとした速度で回り続ける世界にうんざりしていたから、彼女がご丁寧に僕に与えてくれたたくさんのヒントに気づく事もなく。 机についた頬杖に頭を支える作業を押し付け、じっと、彼女の言葉を待つ事しか出来なかった。 だから 「私、××さんの事、好きなんです」 だから、僕は。 次に彼女が発した言葉の意味を、理解する事が出来ず。 あー、と、間の抜けた声を出し、ゆっくりと頬杖をはずし、教室の古びた天井を見上げた。 しばらく、僕はその奇妙な体制のまま固まり続け。 野球部や吹奏楽部やカラスの声に混じって、音楽部の歌声が辺りに響き渡り始めた事に気づく事もせず。 大人しいと思っていたクラスメイトが呟いた言葉を、頭の中で何十回、何百回と、数秒間のうちに繰り返した。
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