3.それだけの事

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生まれて初めて手に入れた自分の携帯の色は黒だった。 機能にもデザインにも特にこだわりとかはなかったから、0円だったやつを適当に手に取ったのだけれど。 夜みたいな色で、ちょっとだけお気に入りだ。 誰一人の名前もアドレス帳に登録されていないそれを持って、僕はいつものように駅へと向かう。 彼女に、携帯を買ったという事を報告しなければと思った。 一時期はいらないと思っていたけど、実際手にすると、やはり嬉しいものだ。 自然と、笑みをこぼしてしまう。 先に駅の椅子に座って待っていてくれた彼女に、手を軽くあげ挨拶をする。 ごめん、待った?ううん、大丈夫。 なんて、使い古された会話をして、我慢強い方ではない僕は、早く彼女に携帯を手に入れたという事実を伝えたくて仕方なくて、ズボンのポケットの中に押し込んであるそれの感触を手で何度も確認してみたりした。 今日の学校の授業内容とか、課題は済ませたかとか、一通り話し終わって。 さぁ、携帯を出そう、と思ったその時。 風が吹いた。 それは、ごくありふれた自然現象で。 風が吹くだなんて、そんな事。 大して珍しくもない事だけれど。 僕の背中には、何故か、つつーっと、ゆっくりと冷や汗が伝う。 嫌な予感がしたのだ。 突然、吹いて、姿を消した、その風に。 そして、 「あのね、」 彼女が発した、その言葉に。 「私、告白されたの」
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