267人が本棚に入れています
本棚に追加
男は、少しだけ驚いたように目を丸くし、すぐに微笑みを浮かべた。
「小学校一年生だと思う。同い歳くらいの女の子と一緒にいて、二人はとても仲が良さそうだったよ」
一瞬、小学校一年の時の彼女の姿が頭に思い浮かんだ。
あの頃の事は、幼かったのでおぼろけにしか覚えていない。
もしかしたら、その二人は僕と彼女なのかもしれない。
でも、僕と彼女ではないのかもしれない。
だから、僕は何も言えずに、男の人の話に耳を傾ける。
「その子達のおかげで、今の俺はあるんだと思う。だから、どうしてもお礼を言いたかったんだ。あと…」
「パパー!!」
がくんと電車が止まったのと同時に、扉は開き、駅にいた幼い少女がそんな声をあげる。
男の人は、少女の方を見ると、心底、幸せそうな笑みを浮かべた。
「そうだ。これで会ったのも、何かの縁だし。君にも、この言葉を捧げたいと思うよ」
僕のいた席から、離れ、扉を出ようとした彼が振り返り、そんな事を言う。
父親を迎えにきたらしい小さな娘は、早く帰ろうと男の人を手招きする。
ありふれた幸せの形を目の前で見せ付けられ、息がつまるのを僕は感じた。
僕はこの先、この人みたいに幸せになれるのだろうか。
この人も、僕みたいに悩んだりくじけたり苦しかったりした時があったのだろうか。
疑問が、脳内を行きかい、そして、消えた。
相手が最後に僕に投げつけた、その言葉で。
「どうか、お幸せに」
最初のコメントを投稿しよう!