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ぷしゅうと間抜けな音を出し、電車の扉はしまった。
がたんがたんと、僕の体は再度揺られ始める。
お幸せに。
男の人が最後に残したその言葉が、僕の頭の中で小さな巣を作る。
お幸せに、僕はなれるだろうか。
幸せになる事が出来るのだろうか。
『好き』すら言えず。
幼馴染の手を離してしまった、この僕に。
幸せになる資格など、果たしてあるのだろうか。
電車はまた止まり、僕は扉へと向かう。
外に出てみたら、汚れた空気が僕の鼻をくすぐったので、眉をしかめる。
改札を通り抜け、家へ向かうための自転車へと乗り込もうとしたら。
ぱさん、と乾いた音をたてて何かが床へと落下した。
視線を、そっと、薄汚れたコンクリートへとやる。
一冊の手帳がそこにはあった。
彼女が、忘れていったあの手帳だった。
風が吹く。
あの日と同じように。
さっと、何かをさらっていってしまうように。
一瞬だけ。
手帳のページがパラパラと捲れ。
やがて、風が去るのと同時に。
止まる。
白い紙に、文字がびっしりと書かれていた。
予定か何かだろうか。
僕は、手帳を拾い上げ、何気なく、その文面に目を通す。
ひゅっ、と息を飲んだ。
そこに書かれたのは、詩と音符の羅列だった。
ぴらりと次のページを捲ってみれば、また、そこには一曲の歌が綴られている。
次のページにも、次のページにも、次のページにも。
びっしりと、その手帳には、彼女が作り出した音楽が舞い踊っていた。
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