5.歌

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ぷしゅうと間抜けな音を出し、電車の扉はしまった。 がたんがたんと、僕の体は再度揺られ始める。 お幸せに。 男の人が最後に残したその言葉が、僕の頭の中で小さな巣を作る。 お幸せに、僕はなれるだろうか。 幸せになる事が出来るのだろうか。 『好き』すら言えず。 幼馴染の手を離してしまった、この僕に。 幸せになる資格など、果たしてあるのだろうか。 電車はまた止まり、僕は扉へと向かう。 外に出てみたら、汚れた空気が僕の鼻をくすぐったので、眉をしかめる。 改札を通り抜け、家へ向かうための自転車へと乗り込もうとしたら。 ぱさん、と乾いた音をたてて何かが床へと落下した。 視線を、そっと、薄汚れたコンクリートへとやる。 一冊の手帳がそこにはあった。 彼女が、忘れていったあの手帳だった。 風が吹く。 あの日と同じように。 さっと、何かをさらっていってしまうように。 一瞬だけ。 手帳のページがパラパラと捲れ。 やがて、風が去るのと同時に。 止まる。 白い紙に、文字がびっしりと書かれていた。 予定か何かだろうか。 僕は、手帳を拾い上げ、何気なく、その文面に目を通す。 ひゅっ、と息を飲んだ。 そこに書かれたのは、詩と音符の羅列だった。 ぴらりと次のページを捲ってみれば、また、そこには一曲の歌が綴られている。 次のページにも、次のページにも、次のページにも。 びっしりと、その手帳には、彼女が作り出した音楽が舞い踊っていた。
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