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僕は理解した。
彼女は、あの日の馬鹿みたいにまっすぐな夢を、忘れてなどいなかったのだ。
本当は、ずっとずっと追い続けていたのだ。
僕が夢を見るのを忘れてしまったのを知っても。
それでも、ずっと、僕といつか有名になれるその日を夢見て。
毎日毎日、何年間も、こうやって。
音楽を作り出していたのだ。
僕は理解した。
僕は、汚れている世界に気づいてしまったわけではなかった。
本当に汚れてしまったのは、僕自身の方だった。
自分自身で、あの日の夢を叶わない幻想だと決めつけ。
現実を見なくては、と。
周りに目を向けなくなった。
僕は理解した。
彼女は、この手帳を忘れたわけではなかった。
僕に、この事を伝えたかったのだ。
僕に、まだチャンスをくれると言ってくれているのだ。
僕に、こんな、僕に。
ページを捲る。
一つ一つの歌に、僕は涙を流し、嗚咽をもらす。
全ての歌に込められている彼女の思いに、共感し、感動し、そして、自分自身が悔しくなった。
手帳は全ていっぱいだった。
全て文字で埋まっていた。
文字と音符以外、まるで興味がないとでもいうように。
その手帳の一番最後のページに、書かれていた言葉に。
僕は、とうとうこらえきれず。
泣き叫んだ。
今、自分の立っている場所が、公共の場である駅の自転車置き場だという事も気づかないフリをし。
ただただ、泣き叫ぶしか知らない、子供のように。
線がいくつも引かれた、その手帳に踊っていた文字。
最後のページだけ、他のページと比べ余白が多く、真ん中にあるその文字以外は、ほとんど、白で埋め尽くされている。
真ん中に、ある、その文字。
その、二文字は。
『好き』
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