1.ばいばい

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「あのさ」 カンカンとけたたましく叫ぶ踏み切りの声を、どこか遠くで聞きながら。 耳に押し込んでいたイヤホンを取ろうともせず、隣に座っている彼女の顔を見る事もせず。 自然と出た声に、自分で驚きながら。 紡いだ言葉。 「もう、いいよ」 叫んでいた踏み切りの音にかき消されてしまうのではと思うほど、僕の声は小さかったのに。 こんなにも近くにいて遠くにいる彼女には、しっかりと届いたみたいだ。 何がいいのか、尋ね返してくるような事を僕の幼馴染はしなかった。 多分、彼女は僕の言いたい事が全部分かってしまったのだろう。 聡い性格って、可哀想だ。 心の中で、ちょっとだけ同情をした。 「そっか」 「うん」 「そっかそっか」 彼女は繰り返し、そっか、そっか、と。 意味もなく返事を口からこぼし、不意に、何も喋らなくなった。 学校へ着くまでの、残り8分間。 僕達は一言も言葉を発さなかった。 彼女が電車の椅子にお気に入りの手帳を忘れたのに気づいたけれど、僕はそれを彼女に言う事も出来ず。 先に、学校へと走り去っていってしまうその後姿を。 たった一人で見送り、手帳を、乱暴に自分の鞄の中に詰め込んだ。 どうしてか、泣きたくて叫びたくて仕方なかった。 きっと、今日から、彼女は僕と一緒に登下校を共にする事はないだろう。 きっと、今日で彼女と僕の間にあった、幼馴染という関係は、がらがらと、音をたてる事もなく。 ただ、静かに、涙が出そうなほど静かに、まるで夜に降る雪のように。 崩れ去っていってしまうのだ。 その日の放課後から、僕は一人で電車へと乗るようになる。 人が二人座れる椅子を、一人で陣取り。 耐え難い沈黙に、気を使う事もなく。 家へ帰るまで、たった一人で、電車に揺られる日々が始まる。 それは、とても自由で開放的で、きっと楽な事なんだろうけど。 僕はどうしてか、隣の椅子が寂しく思い。 嗚咽をもらす事もなく、涙を流す事もなく、ただ、乾いた瞳で車内の床に這い蹲る虫を見つめ。 泣く事しか出来ない。 カンカンと、泣き叫ぶ踏み切りに。 声をあげたいのはこっちだ、と悪態をついた。
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