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「携帯買ったの」
薄い桃色の小さな箱を僕に見せ付けるように掲げ、彼女は笑う。
他の人が持っているのはよく見るけど、彼女が持っているところを見るのは初めてだったので。
見慣れぬ光景に、僕は少しだけ眩しそうに目を細め、ほぉと小さく息をついた。
「え、いいなぁ。僕も欲しい」
「××君も買ってもらいなよ」
「前言ってみたけど、僕にはまだ早いって。悔しいな、みんな持ってるのに」
親はどうやら、僕を未だに子供扱いしているらしい。
僕としては、小学生から、中学生になる違いというのは、けっこう大きなものなのに。
親はそうは思っていないようだ。
悔しい反面、早く大人になれたらいいのに、なんて、ぼんやりと頭の隅で考えて。
彼女の持っている、その小さな文明の利器を見つめる。
紙やペンを使わなくても、遠くにいる人に手紙を送れるその機械を。
便利だと思う反面、僕は少し寂しく思えた。
だって、僕は彼女のあの独特な丸っこい字が好きなのに。
携帯を使ってしまえば、それを滅多に拝めなくなってしまうのだ。
「でも、凄いよね」
「何が?」
「携帯。今の時代って、人とコミュニケーションをとるのにさえ、お金がかかる時代なんだね」
「そうだね。何でもかんでも、今の人はメールや電話で済ましちゃうもんね」
昔の人は、恋人と話すためにいったい何をしていたのだろう。
電話も、メールもない時代の世界では、誰かと話したい時はいったいどんな手段を使っていたのだろう。
答えは簡単。
会いに行けばいい。
相手のもとへ、この二本の足を使い走れば良いのだ。
でも、今の時代の人は、そんな事する人、滅多にいなくなっちゃったね。
電子空間に手紙を飛ばし、お互い、愛を囁きあってるんだね。
そんな事を考えていたら、やっぱり携帯はいらないかもしれない、なんて思えてきた。
「××君って変わってるよね」
「そうかな?そんな事、ないと思うけど」
「変わってるよ。私は嫌いじゃないけど」
「そっか」
なら、別にいいや。
という、言葉は、僕の口からは出てこなかった。
まだ、出す勇気が出ていなかったのだと思う。
「そっか」
代わりに、もう一度その言葉を呟いた。
彼女は、笑った。
まるで、舞い散る雪のように、綺麗に。
その笑顔が好きだと、僕は思った。
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