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「藤子さん…あなたのお母さんが、あなたに逢いたがってるんです」
男は真剣な声でいった。
低くて少し甘い声。
私はふーふーとコーヒーをひたすら冷ましていた。
生存さえ不明だった母。
その恋人と名乗る男からの突然の連絡。
勇気を出して会ってみたなら、母の息子でもおかしくない若い男で、私の恋人なんかよりずっとイイ男。
うろたえない方がおかしいってモンでしょう?
「ずっとあなたに逢いたいと言っておられて。
でも合わせる顔がないと…」
「それはそうでしょうね」
私はコーヒーを冷ましながら言った。
「……ありきたりな言葉を言いたくはないのですが、母は私を捨てたんです。
都合がいい時だけ母親づらするなんて虫が良すぎると思いませんか?」
母の恋人だという男は、じっと正面から私を見つめていた。
「あなたに連絡したのはあくまで僕の一存です。
お母さんは関係ありません」
私はやっとぬるくなったコーヒーを舐めるように飲んだ。
「お母さんはずっと体調が悪くて、こないだ職場で倒れたんです。
精密検査を受けるように言われたのに、受けてくれなくて…」
男は目線を落とした。長いまつげが影をつくる。
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