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「…ありがとう」
男はそっとハンカチを握って言った。
鼻声だった。
でもやっぱり甘い声だ。
「私が会った所で、事態が好転するとは、限りませんよ?」
私は彼の涙に、すっかりヤられてしまったらしい。
「それでもいいんです。
出来ることは何でもしたいから」
そういった男の目は、涙のせいかきらきらしていて、この人は少女漫画の王子さまみたいだ、と思った。
完敗だ。
私は、こんな愛し方を知らない。
愛され方も。
私には恋人がいるけど、彼が私のために必死になって涙を流すことは、ない。
でも、文句なんていえない。
私も彼のために涙を流すことは、多分ないから。
捨てられて、涙を流すなら、何も失わなければいい。
何も失いたくないなら、何も手にしなければいい。
楽しいものも、美しいものも、手で触れず、私はそっとそばに立つ。
傷つきたくないと、泣いてる子供が、まだ私の中にいる。
母の恋人は、また連絡します、と笑顔で言い、去っていった。
私の中には何かがしっくりとしない不快感が残った。
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