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――次の日の朝――
「行ってらっしゃい」
「うい」
台所から声をあげた母親に、軽く返事を返し、玄関の扉を開ける。
「……お?」
外に目を向けた俺の口から、驚きの声が漏れた。
第一歩を踏み出すはずの右足が、持ち上げられた姿勢のまま、空中で制止している。
「……おはよ」
美沙のぶっきらぼうな挨拶が、俺を現実に引き戻した。硬直していた全身を解凍し、美沙に駆け寄る。
「どうしたんだ? 珍しいじゃないか。いつもは、俺と一緒だと遅刻寸前になるからって、先に行くのに」
「別に、何だっていいでしょ」
美沙が頬を赤く染め、ぷいっとそっぽを向く。
あまりに、いつも通りの反応に、俺は思わず口元に笑みが浮かぶのを、禁じ得なかった。
昨日、あんなことがあっただけに、今日美沙に会ったら、どんな顔をすればいいのだろう。
などと、ごちゃごちゃ考えていた自分が、酷く馬鹿らしく感じられた。
「……ん?」
横を向いていた美沙の顔が、不意に歪められた。
怪訝に思い、美沙の視線の先に目を向ける。
「なっ!?」
そこには、和泉の姿があった。
呆気に取られる俺に、和泉が元気良く声を上げ、駆け寄って来る。
「おはよー、陽平くん!」
「お、おはよう……」
どもりながらも、何とかそれだけを口にする。
挨拶を返して貰えたことが嬉しかったのか、和泉は満面の笑みを浮かべた。
次いで、俺の隣に立つ美沙に視線を向け、不思議そうな表情を浮かべる。他クラスだから、面識はないのだろう。
「こいつは、俺の幼なじみの」
「沢木美沙よ。よろしくね、河瀬さん」
俺の紹介を遮り、美沙が自分で名乗り、和泉に握手を求める手を差し出す。
顔は笑みを浮かべているが、明らかに目が笑っていない。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
和泉も、美沙と全く同じ表情で、差し出された手を、“ギュッ”と握り締めた。
一見、微笑ましく思える二人の周囲の空間を、致命的な何かが埋め尽くしていく。
何だ!? 何なんだ、この雰囲気!?
逃げ出したくとも逃げ出せない俺は、存在を消すように、身を出来るだけ小さく縮めた。
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