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「ふいー」
後ろ手で扉を閉め、屋上の中央に向かう。無論、体に神谷を抱きつかせたまま。
「ちくしょー、もうダメだ。動けねえ」
ばったりと床に倒れ込んだ。短い距離とはいえ、流石に人一人の重りを付けたまま全力疾走するのは辛い。
「せーんぱい♪」
声が聞こえ、神谷に視線を向けた。満面の笑みを浮かべ、俺の体を抱き締めてやがる。幸せそうな顔浮かべやがって……。
「おい神谷、そろそろ離れろ」
名前を呼んだおかげか、漸く俺の声が耳に届いたらしい。神谷が顔を俺の方に向けて来た。ただし、不満の表情が浮かんでいる。
「優花、って呼んで下さい」
「は?」
言われたことがわからず、というより理解を拒否し、思わず聞き返した。
「神谷じゃなく、優花って呼んで欲しいんです」
「嫌」
俺の即答は流石に予想外だったのか、神谷がポカンと口を開けて硬直する。当たり前だろ。抱きついて来た神谷を見ただけで、あの二人の反応がアレだ。下の名前で呼んだらどうなるか、何て考えたくもない。
「わかりました」
神谷は不服ながらも、了承してくれた。少し拍子抜けしたが、正直助かる。
「じゃあ、私先輩から絶対離れませんから」
「はい?」
うん? 何て言ったんだこいつは?
神谷が更に力を込めて、俺を抱き締めて来た。
「……って、ふざけんな! 離れろ!」
「なら、名前で呼んで下さい」
「ぐっ……」
究極の選択だと!? 俺の脳内に、三つの選択肢が浮かぶ。
①神谷を抱きつかせたまま、今日一日を過ごす。
②神谷のことを優花と呼ぶ。
③あえて、①②のダブルで。
いやいや、③は有り得ないから。選んだ瞬間、バッドエンド直行だから。
「どーするんですかー?」
くっ、悪魔の声が聞こえてきた。もう選ぶのしかないのか。
「俺の答えは……」
「答えは?」
②は無期限。①は今日一日だけ我慢すればいい。ならば、答えは決まってるじゃないか。
「答えは、②だ!」
俺はヘタレだったらしい。
「はい? に……ですか?」
あ、そうか。さっきのは、俺の脳内に現れた選択肢だった。
……仕方ないな。
「ふう。優花、そろそろ離れてくれ」
「あっ、はい!」
俺の言葉を聞き、優花は輝くような笑顔を浮かべ、俺の上から降りた。
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