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「せーんぱい!」
優花が放たれた矢のように、俺に飛び付いて来た。今度は不意打ちじゃなかったので、転けることなく受け止める。
「どうしたんですか先輩?」
俺に抱き付いたまま、顔だけ上げて尋ねて来た。その上目遣いはかなり強力だから止めてくれ。
「優花と一緒に帰ろうと思ってな」
「え? 本当ですか!?」
俺の言葉を聞いた途端、優花の目がキラキラと輝き始めた。
「ありがとうございます!」
その喜びを体全体で表現するかのように、更に強い力で俺を抱き締めて来る。体が密着し、腹部に柔らかい二つの膨らみを感じたが、心を無にしてその感覚をシャットアウト。
「あれ? 先輩、そちらのお二人は?」
あっ、忘れてた。
後ろを振り向くと、二つの視線に出迎えられる。じとー、っとした視線だった。
「いや、こ……」
俺が口を開いた瞬間、二人が同時に視線を俺から外した。軽くヘコむぜ。
そんなハートブレイク中の俺を無視し、美沙が優花に右手を差し出した。
「あたしは、沢木美沙。こいつの幼なじみ。よろしくね」
「あ、はい……よろしくお願いします」
優花は俺から離れ、多少ビクつきながら美沙の右手を握る。美沙とは初対面だからか、優花の顔には警戒の表情があった。
「次は私だね。私は河瀬和泉。よろしくね、神谷さん」
そう言って、今度は和泉が右手を差し出す。
「よろしくお願いします」
「うん」
優花が和泉の手を握った瞬間、和泉は柔らかい笑みを浮かべた。学園のアイドルたる由縁の、場を和ます笑みを。
和泉はその笑みを浮かべたまま、優花の頭を優しく撫でる。
「うゆ~」
すると、優花の顔の強張りが解けた。
一瞬で優花の警戒を取り払ってしまったのか。流石は和泉だ。連れてきて正解だったな。
だが、再び優花の顔が強張った。
「……うん? 河瀬先輩?」
「そうだけど?」
「先輩の彼女さん?」
「うん」
優花が慌てて俺から距離を取った。その距離十メートル。過剰に反応し過ぎだ。見れば、和泉も困ったように苦笑していた。
「優花ちゃん、こっちおいで」
その声に視線を向けると、苦笑いをする俺たちを後目に、美沙が優花を手招きしていた。邪悪な笑みを浮かべながら。
……かなり不吉だ。
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