新しい1日

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  向日葵、向日葵、どっちを向いても向日葵。   悠太は、向日葵畑の中でひたすら走り続けていた。   ベッドの上から見るとすぐに見つけられたものの、いざ中に入ると方向感覚がまったく掴めない。 困り果てた悠太は、疲れた体を癒すために少し立ち止まり、近くにあった小さな切株に腰掛けた。   「あーあ……。 もうベッドの位置さえ分かんないや……。」   座ったまま辺りを見回し、溜め息をついて空を見上げた。   空は海のように青く、入道雲が太陽の光を反射しながらも存在感たっぷりに輝いている。 その中で、気持ちよさそうに鳥が群れをなして飛んでいく。   「鳥……」   その姿をよく見ていると、悠太は何かおかしなことに気付いた。   立派な白い羽を持つ鳥は、長く細い尻尾をはやし、体にしては少し大きな耳がついていて、少し尖った鼻をしている。   「……ねずみ?」   そう、それはねずみそのものだったのだ。 悠太は口を半分開けたまま、その鳥のような生き物を目で追っていたが、残念ながら『チュー』という鳴き声までは聞こえてこなかった。   あれは鳥なのか、それともねずみなのか、悠太はしばらく呆気にとられて空を見つめていた。  なるまで空に目を向けていると、近くからガサガサと葉が擦れるような音が耳に入ってくる。 注意がそれ、悠太は音がする方に目を向けた。 すると、相変わらず陽気に歌い続ける向日葵の間から、その歌声に負けじと言わんばかりに、声高な鳴き声のようなものが聞こえてきた。   「また遅刻した!」 「またクビになった!」 「これで何度目だよ」 「これで36と3足してやっぱり4度目だよ」 「次はどこだ?」 「向日葵の屋敷だ」 「そうか頑張れよ」 「うん頑張ってみるよ」 「いや俺も頑張るよ」 「そうかお前も頑張れよ」   早口練習でもしているような喋り方で、向日葵の向こう側の彼は、ずっと一人で話続けている。   (危ない人かもしれないな……)   そう考えた悠太は、その声の主に気付かれないようにそっと立ち上がり、声のする反対の方向へと歩きだした。   悠太は入院して以来人と接することが苦手になっていた。 そのため、たとえ妄想であろうと人とは関わり合いは持ちたくなかったのだ。 それが変わった人間となれば尚更だろう。 ……しかし、それが間違いだったということを、悠太はすぐに思い知るはめになるのだった。
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