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「ちょいとそこのお兄さん」
後ろから呼び止められ、逃げようとしていた悠太は慌てて振り返った。
逃げようとしたことに申し訳ない気持ちもあり、できるだけ笑顔を作り言葉を返そうと思ったが……
どんなに周りを見渡しても誰もいない。
(あれ、おかしいな……)
何度か周りを見渡したがもう声は聞こえず、悠太は仕方なくもう一度前へ進むために片足を上げた。
すると、今度は慌てたような、泣きわめくような声がすぐ前から聞こえてきた。
「まてまて!」
「そう慌てるな!」
「いくらクビになろうが、いくら遅刻しようが、わしは生きとる」
「ああ、また遅刻しそうだ」
「向日葵の屋敷はいったいどこだ?」
「ああ、頼むから、踏まないで!」
「踏むのはやめて!!」
前へ踏み出すために上げた足を地面につけようとしたが、悠太はその声を聞き、ゆっくりと足を元の位置へと戻した。
あまりの勢いなので、このまま踏み出せば何か悪い物を踏んでしまうと思ったのだ。
「ありがとう、ありがとう」
「いや、ありがとうではないな…」
「もう遅刻だ」
「もう遅刻だ」
「いや、それはさっきわしが言った」
「いや、わしは言っとらん」
「そうかそれならしょうがない」
「そうだなそれもしょうがない」
悠太は声の主を探すためにしゃがみこみ、足元を見渡した。
丁度足を踏み出そうとした場所に、声の主は居た。
もし、この生物が声の主であるなら、だが……。
そこには、まるで蜘蛛が逆さまになったような、手のひらくらいの生き物が、ただひたすら喋り続けていた。
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