新しい1日

3/9
前へ
/31ページ
次へ
  「ちょいとそこのお兄さん」   後ろから呼び止められ、逃げようとしていた悠太は慌てて振り返った。   逃げようとしたことに申し訳ない気持ちもあり、できるだけ笑顔を作り言葉を返そうと思ったが…… どんなに周りを見渡しても誰もいない。   (あれ、おかしいな……)   何度か周りを見渡したがもう声は聞こえず、悠太は仕方なくもう一度前へ進むために片足を上げた。 すると、今度は慌てたような、泣きわめくような声がすぐ前から聞こえてきた。   「まてまて!」 「そう慌てるな!」 「いくらクビになろうが、いくら遅刻しようが、わしは生きとる」 「ああ、また遅刻しそうだ」 「向日葵の屋敷はいったいどこだ?」 「ああ、頼むから、踏まないで!」 「踏むのはやめて!!」   前へ踏み出すために上げた足を地面につけようとしたが、悠太はその声を聞き、ゆっくりと足を元の位置へと戻した。 あまりの勢いなので、このまま踏み出せば何か悪い物を踏んでしまうと思ったのだ。   「ありがとう、ありがとう」 「いや、ありがとうではないな…」 「もう遅刻だ」 「もう遅刻だ」 「いや、それはさっきわしが言った」 「いや、わしは言っとらん」 「そうかそれならしょうがない」 「そうだなそれもしょうがない」   悠太は声の主を探すためにしゃがみこみ、足元を見渡した。   丁度足を踏み出そうとした場所に、声の主は居た。 もし、この生物が声の主であるなら、だが……。     そこには、まるで蜘蛛が逆さまになったような、手のひらくらいの生き物が、ただひたすら喋り続けていた。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加