新しい1日

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  よく聞いていると、勢いばかりの喚き声に混じって、低く落ち着いた声が僅かに聞こえてくる。   始めは喚き声しか耳に入らなかったが、永遠と喚き続けるジギルの声に耳を傾けていると、段々と耳が慣れてきた。 そして分かりにくかった小さな声も、少しずつではあるが聞き取ることができたのだ。   その声に気付いた悠太は、眉間に皺をよせて耳をすませた。   (もしかしたら、話をできる相手がいるかもしれない……)   小さな期待を胸に、声の主を見つけるため目を凝らした。 ジギルの眼球の下にある小さな割れ目の動きを読み取り、その声の主を探る。 悠太は、7本の口の動きと喚き声を必死に照らし合わせていた。       数分間ひたすら喚き続ける頭を見つめていたが、とうとう小さな声の主を見つけることはできなかった。   というのも、「わしも眠い!」と一頭が叫んだのを最後に、ピタッと喚き声は止んでしまったのだ。 いくら耳を澄ませても、向日葵の楽しそうな歌声と、風で向日葵の葉が擦れる音ぐらいしか聞こえてこない。   自分の体力もあり、悠太はこれ以上ジギルと話をするより、もっと話のできる相手を見つける方が良策だと考えた。   悠太は呆れ半分で「僕の名前は悠太。またね、ジギル」そう言い残して、また騒ぎださないうちにその場を去ろうとした。  立ち上がり、行くべき道も分からないので、なんとなく足が向く方へと歩き出す。   悠太は数歩進んだが、すぐに違和感を感じ立ち止まってしまった。   騒ぎ出す声どころか、何も聞こえてこないのだ。 妙な感じがして、悠太は恐る恐る振り返り、ジギルが居た場所を目で追い探した。   しかし、ついさっきまでそこに居たはずのジギルの姿は、もうどこにもなかった。   (……あれ?)   少しだけ周りをゆっくりと見渡したが、見つけた所でどうにもならないと思い、諦めてもう一度前へと歩き出そうとした……その時だった。     「ちょっと、待たんかい」   今度は真下から、悠太に小さな声が投げかけられた。   油断をしていたのもあり、悠太の体が少し跳ね上がる。 心臓を落ち着かせて一度深呼吸をし、覚悟を決めてから声の方へ顔を向けた。   どんなに自分の妄想の中で健康だろうと、さすがにこれ以上驚くと体に悪い。 一気に寿命が縮まっているような気がして、悠太は無理矢理気を落ち着かせた。   できれば、白髪は老けるまでとっておきたい。
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