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──
「美和ちゃん、大丈夫かい?」
少し不安気な声で呼びかけられ、背の低い女性はおぼろ気な足取りで振り返った。
「はい……。
私、ごめんなさい。
取り乱したりして。
どうしたらいいか分からなくて、その……初めてで」
何か正しい答えを見つけようと、言葉を選びながらも弱々しく彼女は返した。
その瞳はうっすらと涙を貯え、どこにも結びつかない焦点をただふらふらと探している。
その様子を見て、声をかけた医師は深いため息をついた。
「美和ちゃん、もう帰りなさい。
悠太君は僕らや看護師の皆も探してくれているし、今日は帰ってゆっくり休んで、また明日出勤しておいで。
大丈夫。
悠太君はきっと誰かが間違えて移動させてしまったんだろう。
自分じゃ動けないはずだから、すぐ見つかるさ。
何にしても、今の君じゃ仕事にならないだろう?」
帰れと言われ、今にも泣き出しそうな顔をした彼女に、医師は優しく諭した。
真っ白な白衣を少し震えた手で握り締め、美和はうつ向いてしまった。
就職して間もない上に、誰もが面倒臭がる仕事をいつも押し付けられ、けれどどんなに苦しくても患者の前では常に笑顔で接していた。
頑張っているつもりでも、その笑顔が生意気だと言われ、嫌なことも断れず、終いには八方美人だと言われる始末。
いつもは悠太のことを気にかけもしないのに、事件となると急に心配し始める先輩達。
全てが理不尽でたまらなかった。
(悠太君を探してる?
そんなの、信用出来るわけない。
毎日世話をしていたのは私なのに。
帰れだなんて、納得できない。
あの人達に負けるのは嫌っ)
不安そうな顔で、しかし今度はしっかりと医師の顔をとらえ、口を開いた。
「私……本当に今日はごめんなさい。
けど、大丈夫です。
色んな事が急に起きて、それで……」
「もういいから、今日は帰りなさい」
美和の言葉を遮り、医師ははっきりと、力強く言い放った。
相手は先生だ。
美和はどうする術もなく、ただうつ向き黙ることしかできなかった。
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