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医師は優しく美和の頭を撫で微笑むと、マントを翻すように白衣をなびかせその場を去っていく。
ただ後ろ姿を見守ることしかできない美和は、微かに口を曲げ呟いた。
「けち」
その声が聞こえたのか、医師は歩みを止め、振り向かずに答えた。
「美和ちゃん、一人でお家に帰れますか?」
嫌味たっぷりな言い方に、美和は顔が熱くなってくるのを感じた。
しかし、その衝動に駆られて口を開くことは許されない。
どんなに悔しくても先生には逆らってはいけない。
それがここのルールなのだ。
美和は自分の感情を抑え、今にも消え入りそうな声で返事をした。
「大丈夫です……」
それを聞いた医師は満足したのか、そのまま去っていった。
深い溜め息をつき、美和は近くにある椅子に腰掛けた。
白く冷たい壁に頭をもたれかけ、遠くを見つめるようにしてから視点を濁す。
「どーしよ」
ただぼんやりと頭を回転させ、じっとしていた。
足は更衣室に向かわなければいけないと思っていても、体はぐったりとしていて、頭は今何をするかなど考えてはくれなかった。
(確かに花びらを見つけた時には悠太君はあそこに居た。
……でも、婦長さんに相談に行ってた間……
たった5分たらずで、部屋は花びらだらけだし、悠太君はいないし。
人間の仕業だとは思いきれないよ。
絶対妖怪か何かだから。
心霊現象かなぁ?
ああ、思い出すだけで気持ち悪い……)
美和は眉間の皺をなでると、ゆっくりと立ち上がった。
まだ花びら事件のショックのせいで、足が上手く機能してくれない。
震える足に手をつき、そのままおぼつかない足取りで更衣室へと向かった。
(とりあえずまた怒られる前に帰ろー)
それが美和の決断だった。
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