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更衣室に向かう途中、何処からかセミの鳴き声が僅かに聞こえてきた。
どこかの病室にセミが紛れ込んでしまったのだろうか。
美和は耳を澄ませ、鳴き声のする方へと足を進めていった。
もし紛れ込んでいるのなら、病室内で死んでしまったり、患者さんのいる病室で鳴く可能性がある。
ただでさえ口煩い患者さんに当たってしまえば、余裕で5時間は不満をぶちまけられてしまうだろう。
それは出来るだけ避けたかった。
美和は足音で鳴き声が消えないよう、ゆっくりと足を運んだ。
次第に鳴き声は大きくなり、セミのいる場所に近づいているのがよく分かる。
この病院は隣に山があり、どちらかと言うと田舎に建っていた。
とは言っても、少し出ればショッピング街や娯楽施設もあり、生活に必要な物は歩いて3分ほどすればだいたい手にいれることができた。
ただ、自然に囲まれているため虫が多く、患者も年配の人がほとんどだ。
騒がしくもなく、暮らすのに必要な物はほぼ揃うという便利なこの土地は、退職した人間にとって一番良い条件だった。
住宅街も多々あり、小さい割には人口がとても多い。
だからと言って小さな診療所などなく、この町は、美和が務める総合病院が一つだけしかなかった。
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