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「さあ、朝ご飯を食べましょうか。
今持ってくるから……あ、今日はあなたの大好きなハンバーグよ!」
そう言って立ち上がると、部屋をぐるりと見回して、異常がないことを確認し部屋を出ていった。
悠太は彼女が部屋を出ていくのを目で確認した後、また絵に視線を戻した。
ただひたすら絵だけを眺める。
紙の繊維まで見えるんじゃないかと思うくらい、じっと見つめ続ける。
しばらくすると絵がゆっくり動きだして、向日葵は太陽に向かって高笑いをし、葉を大きく揺らし体を揺すっている……
目の錯覚と思い込みによる動作なのは分かっているが、悠太はそうやって自分の空間に浸ることが唯一の楽しみだった。
伝えられない感情。
伝わらない虚しさ。
どうせ伝わらないならば、伝える必要はないだろう。
悠太は目を細め、空中で蝶を掴むように視線を泳がせた。
悠太が、向日葵の絵が嫌いなことを伝えられない三つの理由。
一つ目は、一人で子供を育ててきた母親の、息子の為を思っての優しさを否定したくはないという気持ち。
二つ目は、今更何かを人に伝えるのが正直面倒であるということ。
そして最後の一つは、その二つの問題の前に、悠太は言葉を口にすることさえもできないという事実。
悠太は、名のない病気にかかっていた。
植物人間……の意識が少しだけある状態のようなもので、体や、顔さえも動かないが、意識はある。
悠太の体で唯一動くのは瞼と眼球だけだった。
しかし生命力のためか、口は動かせないが物を飲み込むことはできた。
そのため、食べ物を柔らかく潰して、喉に押し込み飲み込ませることはできる。
もちろん病院側はこんな乱暴な方法を取るつもりはなかった。
しかし、母親がそうするようにと度々しつこく言ってくるので、仕方なくやるようになったのだ。
悠太の体は"動かない"ことを除けば至って健全だった。
消化器官、臓器類、能に至っても何も問題はない。
医者も頭をかかえ込み、なぜ体が動かせないのか、その悩みは入院から4ヶ月経つ今でも続いている。
家で突然倒れ、病院に運ばれ、悠太が目を開けた時は誰もが喜び、誰もが安心した。
しかし、彼の身体が再び動き始めることはなかった……。
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